私のリカバリーストーリ

1.小学生の時は活発な子供で、年長さんの家に1人で遊びに行ったりしていました。中学時代も特に問題なく、周囲の友達と楽しく学生生活を送っていました。 

 

2.高校に入って自分が周囲の人間と少し違うと感じるようになりました。 

 

・掃除の時間に掃除をしているのが担任の先生と自分だけでした(毎日クラスメイト全員の机を運んで雑巾がけをしていました。心の中で「お前ら掃除しろ!」と叫んでいました。) 

・授業中クラスメイトは寝ていて、真面目に授業を受けているのは自分だけのような気がしました。 

 

3. 大学4年の時に昼夜逆転の生活を送るようになり、不眠が始まりました。不眠が悪化して2008年4月大学卒業と同時にうつ病を発症しました。 

 

4. うつ病を発症してからは家の工場の仕事の手伝いをするようになりました。なかなか仕事を覚えることができず、簡単なバリ取りや、荷物運びの作業を行っていました。大学の友達はみんな一流企業に就職して、自分だけ社会のレールから外れてしまったという疎外感を強く持つようになりました。 

 

5. 仕事に対する不満やストレスが溜まり、毎日大量のお酒を飲むようになり、アルコール依存症になりました。このままではまずいと思い、半年間精神科に入院しました。双極性障害・気分障害という診断が下りました。 

 

6. 退院した後、母親と仕事のことで口論になり、その数時間後に母は自殺しました。私が母親を自殺に追い込んだ原因だと思い込み、生きている意味を見出せなくなり、自分も自殺を試みました。死ぬことができず、未遂で終わりました。 

 

 

7. 工場はたたむことになり、私は就労支援センターで、仕事と日常生活の相談をするようになりました。1年ほどA型事業所、B型事業所を転々として生活していました。

 

 

8.就職活動をしても、内定をもらうことができず、お世話になっている就労支援センターの職員の方に、強い口調で当たり散らしていました。どんどん情けなくみじめな感情が膨らんでいきました。就職ができない理由を企業や就労支援センターの支援員の方のせいにしていました。

 

9.2015年に就労支援センターの支援員の方から、障害者向けのWEBデザインの職業訓練を紹介してもらい、受講することになりました。職業訓練の先生は全員障害者でした。

 

10. 重度の障害を持ちながら、WEBデザインを優しく教えてくれた、先生の姿をみて「私も頑張ろう!言い訳はしない!」と強く心に決めました。この4カ月間の職業訓練が終わったころには、新しい自分になったような気分になりました。その後、ネットでライティングの仕事を少しづつ受注していくようになり、現在に至ります。

2019/11/05

Posted by mera